私がバーデンバーデンのあの伝統的な温泉地に行ったのは、ほんの気まぐれからだった。
ちょっとの休暇でドイツに訪れて、少しでも日常から解放されたいという、単純な動機。
それがきっかけで、あんなに刺激的な夜が待っているなんて夢にも思わなかった。
バーデンバーデンに着いて、サウナや温泉でリラックスしようと混浴のサウナに足を踏み入れた。
ここはドイツらしく、混浴の中でもリラックスした雰囲気が漂っていて、肩の力がふっと抜けた。
そこで知り合った中年の男性。
彼はフランス人で、なかなか渋い顔立ちをしていた。
その彼と、何となく打ち解けて、ちょっとしたロマンスのひとときを楽しんだ。
彼は自信に満ちていて、私にとっては非日常の象徴そのものだった。
サウナから上がる頃、彼が「この後、カジノへ行こうか」と誘ってきたとき、正直驚きと興奮がごちゃまぜになっていた。
カジノなんて、映画やテレビの中だけの世界だと思っていたから。
夜が深まり、バーデンバーデンの歴史あるカジノの扉をくぐった時、その場所の豪華さに圧倒された。
クリスタルのシャンデリアがまぶしく輝き、赤い絨毯が敷かれた床に一歩足を踏み入れると、まるで別世界に迷い込んだような気分だった。
目の前には、きらびやかなテーブルが並んでいて、上品な服を着た人々が賭けに夢中になっている。
カジノの雰囲気は異様に静かで、それが逆に緊張感を高めているのを感じた。
彼がそっと私の手を引き「ルーレットを試してみたらどうだ?」と囁いた。
その瞬間、心臓がドキドキと早鐘を打ち始めた。
正直、ルーレットのルールなんて全く知らなかったけれど、彼の言葉に従って「1stダズン」つまり1から12の数字に賭けることを勧められた。
その理由も分からないまま、彼の指示通りに、持っていた小さな額のお金をすべて1stダズンに賭けることにした。
賭けが成立し、ディーラーがボールをウィールに放つ瞬間、静かなカジノの中にカラカラという音が響き渡った。
ボールがウィールの中で跳ねて回転する音、どこに止まるか分からないあの緊張感は、今まで感じたことのないほど強烈だった。
ボールが次第にスピードを落とし、ようやく1stダズンの数字に収まった時、カジノの雰囲気が一瞬だけ柔らかくなったのを感じた。
ディーラーが私の方に向かって軽く頷き、賭けが当たったと伝えてきたのだ。
まさかの勝利に、嬉しさが一気にこみ上げてきた。
隣の彼が小さく拍手を送ってくれて、少し照れくさい気分になりながらも、なんだか勝利の女神に微笑まれたような気がした。
興奮冷めやらぬまま、私は持ち金を再び1stダズンに賭けることにした。
彼もそれに賛同してくれて「まだいける、今日は君の日だ」とささやいてきた。
そして、2回目も勝利。
次も1stダズン、そしてその次も・・・。
次第に周囲の視線が私に集まり始めたのを感じたけれど、もうそんなことは気にならなかった。
手元のチップが増えるたび、勝負を続けることのスリルが増していく。
カジノの中の空気がどんどん熱を帯びていくのが分かる。
少しずつ、私が他のプレイヤーたちに混じって注目を集めているのだという感覚が芽生えてきた。
そうして、6回連続で1stダズンに当たり続けたとき、私の中に信じられないほどの高揚感が満ちた。
目の前には膨れ上がったチップの山があり、手が震えるほどの喜びが湧き上がってくる。
彼が「すごい、君はラッキーガールだ」と言って、頬に軽くキスをしてきた瞬間、自分がまるで映画の主人公になったかのような錯覚に陥った。
結局、その夜はそれ以上の勝負を続けることなく、持ち金を大きく増やしてカジノを後にした。
夢見心地のような帰り道、私はずっと微笑みが止まらず、彼と寄り添って歩いた。