正直、オーストラリアにワーキングホリデーで来たとき、こんなことになるなんて想像もしていなかった。
最初は夢でいっぱいで、新しい環境で働きながら英語を学んで、自分を成長させていけるはずだと信じていた。
けれど、現実はそんなに甘くなかった。
最初に働いていたカフェが急に閉店してから、あっという間に手元のお金も減り、仕事を見つけるのは思っていた以上に難しかった。
言葉の壁、経験のなさ、現地のルール。
すべてが私にとって障害だった。
それでも生きなきゃいけなかった。
気づいたら、私はウリで生計を立てていた。
毎日、心がすり減っていくのを感じながらも、どこかで自分に言い聞かせていたんだ、これは一時的なことだって。
それでも、希望を持ち続けるのが苦しくなってきて、ある日ふと思った。
「一発逆転できるかもしれない」と。
ギャンブルなんてやったことなかったけど、カジノで運を試せば、全てが変わるかもしれないって。
カジノの扉をくぐった瞬間、全てが一瞬で変わったような感覚がした。
煌びやかなシャンデリアが頭上に広がり、鮮やかな色のチップを持った人々がテーブルに群がっている。
笑っている人もいれば、真剣な表情でゲームに集中している人もいる。
だけど、私のように人生がかかっている人なんて、そう多くはないんだろうなって思った。
ルーレットのテーブルが目に入った。
ディーラーが淡々とボールを回し、人々がその結果に一喜一憂している。
その光景を見て、胸が高鳴った。
ルーレットは何も考えずにただ賭けるだけ。
それが、私には一番シンプルで、自分の命運を託せるものに感じたんだ。
もちろん、何も保証はない。
けれど、ギャンブルに勝つか負けるかの二択は、私の心にある不安と希望の比重を測る天秤のようだった。
賭ける数字はもう決めていた。
私の誕生日「16」。
何も考えずに、それしかないって感じていたんだ。
意味のある数字なら、勝っても負けても後悔しないような気がした。
直感を信じて、全てをその数字にかけるしかないと、そう決めた。
ディーラーが「Place your bets(賭けてください)」と言った瞬間、全身が震えているのを感じた。
汗が手のひらにじっとりと滲む。
今まで稼いできたお金が、すべてこの瞬間で消えてしまうかもしれない。
でも、後戻りはできない。
私の運命は、この一瞬にかかっているんだって自分に言い聞かせながら、震える手で「16」にチップを置いた。
ルーレットのウィールが回り始める音。
カラカラと回るボールの音が、心臓の鼓動と重なって、頭の中に響いていた。
今、この瞬間に私の運命が決まる。
そんな実感と共に、目は釘付けになっていた。
ボールがウィールの上で踊るように跳ねているのが、ゆっくりと時間を引き延ばしているかのように感じられて、ただ祈ることしかできなかった。
その瞬間の緊張感は、言葉にできない。
全ての音が遠ざかり、ボールがどの数字に落ちるのか、その一点にだけ集中していた。
ボールが少しずつ速度を落とし、跳ねるたびに息が詰まる。
「16、16に止まってー!」ただそれだけを心の中で祈り続けた。
でも、ボールが落ちたポケットは「16」ではなく「22」。
絶望、神様なんていない・・・。
全てが終わった瞬間だった。
あっという間の出来事なのに、時間が止まったように感じた。
呆然とテーブルを見つめたまま、現実を受け入れられずにいた。
勝ったらどうしよう、とか、全てが変わるんじゃないかと期待していたのに、その希望は一瞬で消えてしまった。
私のチップはすべて、風のように消え去った。
カジノのざわめきは続いていた。
誰かが笑い、誰かが悔しがっていた。
でも、私にはもうその音が遠く感じられた。
体が鉛のように重くなり、何も考えられなかった。
負けた、それも大きく負けた。
ウリでコツコツ稼いだお金も、期待も、すべてが一瞬で消えた。
もう終わり・・・。
もうろうとした意識の中、私はカジノを後にした。
明るいカジノのネオンや、夜の街の喧騒がまるで別の世界の出来事のようだった。
自分がここで何をしているのか分からなくなって、ふらふらと足を引きずるように歩いていた。
今までの頑張りが、すべて無駄だったかのように思えて、涙がこぼれそうになったけれど、泣くこともできなかった。
でも、まだ終わりじゃない。
人生って、きっとこんなものだ。
ルーレットで負けたからって、全てが終わるわけじゃない。
また立ち上がって、次に進むしかないんだ。
失ったものは大きいけど、まだ終わったわけじゃない。
次はどうしようか、また考えなきゃいけない。
それが、私の今の現実なんだと思う。
大丈夫、まだ舞える。